No.01 DESCENDANT

中本健吾/以下 N)何から話しますか?

西山徹(TET)/以下 T)DESCENDANT広島店のオープンの話にしましょうか?

N)TETくんに広島への出店を決めてもらったけど、何が一番の決め手でした?

T)広島のThe Trunk Market(以下 TTM)に2回出させて頂いて、地元のお客様との距離がとても近いなぁって思いました。他では体験したことがない近さでした。

N)普段はそんなにお客様と触れ合ってないのかな?

T)パネルやワークショップ等もやってきているので、そんなこともないんですけど、やっぱり広島で感じた近さは独特なものでした。
それは中本さんたちがずっと培ってきたコミュニティなんだなって思いました。

N)たぶんTTMが昼間っていうのもあるんだろうね。あと、ある程度歳をとったっていうのもあって、みんな丸くなってるっていうのもあるんじゃないかな。そこがたぶん近くさせてるんだろうね。前は独身だったけど、今はベビーカー押してくるみたいな。

T)あとはみなさん服がお好きですよね。

N)あぁそうね!よくお客様に「カタログでお酒が飲める」って言われる。

T)へー!(笑)

N)ファンはね!これで今日一杯やりますわ、みたいなね(笑)

T)楽しみにしてくれてるわけですね。

N)うん。これはレディースでは中々ない世界よね。

T)そうかもしれないですね。
でも本当にTTMは大きなきっかけになりました。自分たちも色々とやってはいたつもりだったけど、まだまだだなぁって思いましたね。

N)いや、届いてるじゃん。

T)一番近い東京でやり切れていないなと。
小さい区画ですけど店頭の軒先で野菜の販売をしたり、花見シーズンはコーヒーの提供をしたり、服の販売以外のところでお客様と接点を持つきっかけは作っています。
この間は、写真家で友人の平野太呂が撮った写真を写真集にして、その展覧会をやりました。

N)なるほど。でもTTMは独特の距離感かもしれないね。様々なブランド、ショップが一堂に会してるし。何なんだろうなぁ。

T)客観的に見ると、すごく圧倒されます。

N)面白いのは、10代からファンだったお客様が、自分からTETくんに「写真撮って」とは絶対行かないの、だいたい奥さんが代わりに声をかけてる。あれは笑うなぁ。その後、僕のところに来て「ありがとう、TETさんに会えて嬉しかった」ってみなさんが言ってくれるんですよ。そういうのがあるから、みんなTTMを郷土の誇りみたいに感じてくれてるんだと思います。
TETくんは袋町公園を知ってくれてるもんね。

T)そうですね。

N)今回その公園周りにお店をだしてもらうんで。

T)はい、縁のある気のいい場所ですね。

N)じゃあ、大変だけどTTMにまたでなくちゃいけないね(笑)

T)そうですね(笑) 

N)前から気になっていたんだけど、TETくんは東京・代官山出身だよね。案外僕が思うクリエイターって東京出身の人が少ないなぁって思っていて。
昔から勝手なイメージがあって、クリエイティブなことをやる人は田舎の人って言っちゃいけないけど、東京ってやっぱりすべてのものがそろっているから、なかなかそういうものが根付かないというか、そういうイメージがあって。まぁ、東京でもユーミンみたいな八王子とかだったら別なのかもしれないけど。
近いところでNIGOくんとJONIOくんは群馬でしょ?ヒロシさん(藤原ヒロシ氏)は伊勢でしょ。なんかそういうイメージが僕の中にはあるんだよね。

T)まぁそうですね、多いですよね。ただ、近いところで挙げるとSKATE THING、YOPPI、ムラジュン(村上淳氏)は東京です。もっといますね。

N)でもTETくんみたいに、東京のど真ん中出身の人いないでしょ?物心ついた時にはハリウッドランチマーケットあったでしょ?

T)ありましたね。代官山にはそこしかなかったです。現在のASOとT-SITEは豪邸と駐車場でした。その駐車場でスケートボードをよくしていました。ムラジュンや、バーバルくんとかもいたと思います。

N)じゃあヒルサイドテラスのハリウッドランチマーケット側は開発してなかったってこと?

T)商業施設は何もありません。ハリウッドランチマーケットとハイスタンダードしかなかったです。

N)じゃあ代官山は当時スケートボードメッカだったの?

T)そうですね。T-SITE辺りの駐車場がスポットになっていたり、西郷山公園があって。あと、当時はヒロシくんが代官山に住んでいたので、やっぱり滑る拠点にはなっていましたね。

N)僕は代官山のヒルサイドテラスが大好きで。トムズサンドイッチも。だから東京に住んでいた時、代官山は好きな場所だったな。

T)東京に住んでたんですね!どこに住んでいたんですか?

N)僕は武蔵小杉に住んでた。神奈川だけど。

T)そうだったんですね。
起業したのが今のref.ですか?

N)最初はHIGHBRIDっていうお店。94年だったかな。呉でスタートした。

T)あ、そうでしたね!

N)そうそう。代官山はちょうど僕がいた頃、ファッションが開発されていて。

T)90年代になって、ようやくショップやレストランとかが出来始めたんですよね。

N)そうね。だから、僕にとって代官山はトムズサンドイッチや小川軒もあって大好きなエリアです。

T)トムズサンドイッチは去年なくなっちゃいましたね。昔、トムズホットドックってあったのご存知ですか?

N)知らない!

T)あったんですよ、八幡通りに。80年代くらいでしたかね。

N)そんなTETくんは若い頃、何に1番影響を受けたの?

T)そうですね…確実に言えるのは、ヒロシくんやSKATE THINGとかですね。元々はスケートボードやUSのユースカルチャーは好きだったんですけど、彼らから直接影響を受ける方が、近道でもあり、ハイブリッドでもあり今のストリートファッションの先駆者でした。

N)それはTETくんが何歳ぐらい?

T)13-4才ですね。ただ、そうなると早く大人になりたくて。今思うとそれはちょっともったいなかったなって。生き急ぎました(笑)でもそこが情報源でしたし、刺激をもらって、色々と学んでましたね。

N)やっぱりお二方の影響が1番強い?

T)その後、NIGOくんと知り合って。
彼がNOWHEREを立ち上げて、僕とSKATE THINGがやっていたFORTY PERCENT AGAINST RIGHTS(以下FPAR)を彼のお店で取り扱ってくれることになったのがきっかけなので、やっぱりNIGOくんも大きな存在ですね。

N)伸ちゃん(滝沢伸介氏)とはいつ知り合ったの?

T)15-6才くらいに、たしかヒロシくんの家で会ったんですよね。当時、ペット伸ちゃんって呼ばれていて、爬虫類を飼ってて。ヒロシくんも爬虫類好きじゃないですか。

N)僕もヒロシさんとオオサンショウウオ見に行ったことがある。

T)あー!オオサンショウウオ!ありがとうございました。

N)食べた?(笑)

T)はい(笑)

N)オオサンショウウオ食べた?って言葉がやばいね(笑)
広島の湯来南高校というところが考案した、オオサンショウウオこんにゃくっていうのがあって。それが大ブレイクしてて。夏に注文して、ようやくお歳暮に間に合ったの。

T)そんな人気なんですか!?

N)気持ち悪いから(笑)

T)リアルですよね。

N)広島県北がオオサンショウウオのメッカで、それをヒロシさんと見に行ったの。

T)そうですね、ヒロシくんオオサンショウウオ好きですよね。それで、紹介されたのがペット伸ちゃんで、彼がハーレーに乗っていて、カッコいいなと思って、僕もハーレーを買って、仲良くなったんです。そんななか、何か一緒にお店やってみようかと伸ちゃんから持ち掛けられたのがNEIGHBORHOODです。それこそ、1番最初に話したのが渋谷パルコ1Fの喫茶店です。で、やろうってなって。それがジャンクヤードの始まりです。

N)そういえば、前に聞いた、2人がツーリングに行った時の話が最高に面白かった!

T)あー!野宿した話ですよね(笑)2人で走ってたら雨が降ってきて、霧が濃すぎて前に進めなくなってしまって。たまたまコンビニがあったので、その軒先で今日は一泊しようとなって。僕はすぐ寝たんですけど、伸ちゃんは寝れなかったみたいで。なんか色々見ちゃいけないものを見たって言ってましたね(笑)

N)えらい可愛い話だなって思って。

 

N)話は変わるけど、TETくんは今、DESCENDANT、FPAR、WTAPSと3つのブランドを展開してるけど、同時期に同タイミングでやって大変じゃない?

T)大変です(笑)段取りは大変ですね。

N)DESCENDANTはアイテム数増えているしね。どういう仕事の分け方というか、どう進めているの?

T)コンセプトの違いが大きいところでありますね。
WTAPSは96年に始まったので、歴史もあって、WTAPSというジャンルが出来上がっているので、そのジャンルのなかで進化しているブランドですね。

N)特に今シーズンは若返りではないけど、モデルが若かったりして、すごくそれは感じますね。

T)そうですね。人種も年齢も性別も着方も色々あっていいという提案を始めています。

N)では、FPARは?

T)FPARは93年に始めて、比較的ストリートの要素が強いブランドです。始めた頃のストリートメンタルみたいなものを持ちながらやっていくブランドなので、今あるものを壊して作り直してジャックして…っていう、カスタムしていくことを提案しているブランドです。

N)最後にDESCENDANTはどう?

T)DESCENDANTについては、自分の原体験を元に作っています。プレッピー好きな父の影響から始まって、スケートボード、モーターサイクル、クラブカルチャー等のユースカルチャーを東京にいながら経験してきたこと全てがソースです。これまでの人生で自分がインプットしたものを形にしてアウトプットするという。

N)なるほど。それぞれのブランドでチームは分かれているの?

T)大きく2つです。WTAPSだけで1つ。FPARとDESCENDANTが同じチームで1つ。なので、チームも大変です。

N)今回、広島にオープンするのはDESCENDANTだけど、DESCENDANTは今後こうしていこうとかある?

T)DESCENDANTは2014年スタートしたばかりなので、徐々にかたちが作られてきているなとは思っていますね。時代に合わせて変化していくんじゃないかと思っています。
自分の中のアーカイブを今現在の感覚とリミックスしていくブランドになっていくのかなと。それが自分のリアルクローズなのかもしれないですね。

N)お店としては、東京、京都、広島で3店舗目になると思うんだけど、今後拡がる可能性もあるの?

T)そうですね。

N)じゃあ広島はプレッシャーですね(笑)

T)そうですね(笑)でも、一生懸命やっていくのでお付き合い願えたらと思っています。

N)本当にありがたいですよね。みんな、TETくんがスケボーに乗って袋町公園に帰ってくるの待っているから!以前TETくんが広島を去った後しばらくお客様がTETロス状態でしたから(笑)

T)ありがとうございます。 

N)それからTETくんと僕、意外な共通点があって。昔、原宿にプレスルームとアトリエがあったでしょ。そこが99年に僕がオープンさせたSECOND STRIKEとよく似ていて。

T)床がサイザルですよね、僕も覚えています。

N)そう!サイザルもだし、使っていた家具もザノッタで同じだったし。すごい偶然だと思った!あのプレスルームは誰がデザインしたの?

T)僕です。

N)すごく好きで。居心地もすごくよかった。あと、ちょうど車も同じだったの。

T)あぁ!Rクラスですよね!

N)みんなR乗らないじゃない?この車種を選ぶ人は絶対いないと思って買ったのに、TETくんが乗ってたの。勝手に俺は共通点って思ってる(笑)

T)そうですね(笑)

 

N)あとはそうだね、軒先でイベントをしてるって話が出たけど、食品を販売しようと思ったきっかけは?

T)そうですね、食べるものも着るものも一緒かなと思っていて。着るものを選ぶように食べるものも選ぼうよと、当然自分の食生活が変わったことも大きいですね。

N)いつ頃から変わったの?

T)原宿にプレスルームがあった頃、キッチンがあったので、みんなで日替わりで自炊していて。

N)へぇー!GONZOってファミリー感がいいですよね。みんな、TETくんのことが好きなんだなぁっていうのが伝わってくる。

T)食べるものを選んでいるんですよね。高いお金を払っていいものを食べるということではなく、口に入れるものとして、ちゃんと考えて食べることをしていかなきゃいけないと思って。なので、服をこだわって選ぶように、食べ物も素材から選びたいなと。

N)それをお客様に提案するのに、軒先でのイベントをスタートさせたってことかな?

T)まだそこまでドッキングできてはいないんですけど、でもそれが出来たらすごくいい話ができるなと思っています。野菜を作っている農家の人間が友達だったりするので、彼らとのコラボレーションのかたちというか。それがいずれ拡張してレストランとかできるといいですけどね。

N)そんなことも考えているの!?

T)いや、全然考えていないですけど(笑)食べ物も選び始めた、ということですね。

N)今度、そのイベントでref.で扱っているレモンと蜂蜜で作ったレモネード販売もしようと二人で企画していて。グッズも楽しみにしています。

T)あ!!

N)グッズを忘れてましたね(笑)

T)考えます!!!

N)では今日はありがとうございました。

T)ありがとうございました。


DESCENDANT HIROSHIMA
Grand Open 2020.2.22 sat
TEL  082-248-6666
OPEN  11:00 - 19:00
〒730-0037 広島市中区中町1-21

 

Interview with Tetsu Nishiyama, the designer of DESCENDANT
In Meguro, Tokyo in December 2019
 
Kengo Nakamoto / referred to as N)
Where shall we start with?
Tetsu Nishiyama (TET) / referred to as T)
Let’s talk about the story of DESCENDANT Hiroshima opening.

N) What was the deciding factor in opening a branch in Hiroshima?
T) One of the reasons I decided to open a store in Hiroshima is that local stores and customers have strong bonds. I joined The Trunk Market (TTM) twice and felt that the distance between shopkeepers and customers is extremely close, unlike anything I’ve experienced before.  
N) Don’t you usually communicate with customers that often?
T) Well I had experienced several events and workshops before, but Hiroshima was quite special. The city’s culture must have been shaped by your community for a long time.
N) Also the time of TTM may be good. In the daytime, people become friendlier, or simply they became older so that they are more accepting of others.
T) And clearly, everyone loves clothing.
N) Of course! Some even say they would enjoy flipping through our catalogue while drinking.
T) Wow! (Laugh)
N) Especially for fashion freak guys. They say, “I will take a long drink with this page tonight.” (Laugh)
T) They look forward to it.
N) Totally. Something like this rarely happens with female customers though.
T) That might be true.
TTM was a great opportunity for us to think about what we could do more in the future.
N) You have already been influential.
T) There is a long way to go, particularly in my hometown Tokyo.
It’s still on a small scale, but we recently have started to sell locally grown vegetables in front of our stores and provide coffee when it is the cherry blossom season.
Also, we recently published a photo book and held an exhibition with my photographer friend Taro Hirano. Holding these events is a great opportunity to communicate with customers outside of selling clothes.
N) I see. I agree that TTM has a unique relationship with customers. It gathers various types of cultures – fashion, food, art, and music –into one place.
T) It is even overwhelming when I see the event objectively.
N) The funniest thing I saw at the event was your long-time fans who were too shy to talk to you. Instead of them, their wives asked you to take pictures. After that, the husbands came up to me, telling how thankful and happy they were. I think that kind of experience made them feel proud of TTM and Hiroshima. You also know about Fukuromachi-Park.
T) Of course.
N) You will open the store near the park.
T) It is a leafy, beautiful place.
N) That means you have to join TTM again! It is going to be a rough week for you. (Laugh)
T) Probably. (Laugh)

N) By the way, I’ve been curious about one thing. You are from Tokyo right? Surprisingly, many creators I know are not from Tokyo, and I get the impression that people in the countryside could be more creative. I guess this is because Tokyo has everything and people can be satisfied too easily. Maybe a suburb city like Hachioji (hometown of Yumi Matsutoya) is not the case though.
Speaking of our close friends, NIGO and JONIO are from Gunma-Prefecture, as well as Hiroshi (Hiroshi Fujiwara) from Ise-City. What do you think?
T) Well you may be right, but there are exceptions like SKATE THING, YOPPI, and MuraJun (Jun Murakami) - they are all from Tokyo.
N) But most of them are from suburban areas, unlike you. You grew up in the middle of Tokyo.
Has there been HOLLYWOOD RANCH MARKET around you ever since you can remember?
T) Yes, the shop was the only highlight of Daikanyama at the time. And ASO and T-SITE today used to be apartments and a parking lot. I would always play skateboarding at the parking lot with MuraJun and Verbal.
N) You mean there was nothing developed on the HOLLYWOOD RANCH MARKET side of the Hillside Terrace?
T) No commercial buildings at all.
There were only HOLLYWOOD RANCH MARKET and HIGH! STANDARD.
N) Wow. So Daikanyama was a sort of a Mecca for skateboarding in those days.
T) Definitely. We would often skateboard at the parking lot near the current T-side and Saigoyama-Park. Plus, Hiroshi’s place nearby was another reason why we always hung out in the area.
N) I actually love the Hillside Terrace and Tom’s Sandwich. Daikanyama was one of my favorite places while I was living in Tokyo.
T) You have lived in Tokyo? Where did you live?
N) I lived in Musashi-Kosugi, which was technically in Kanagawa-Prefecture.
T) I didn’t know that. Did you first start your own business with your store ref.?
N) No, the first store is called HIGHBRID, starting in Kure-City in 1994.
T) Ah that’s right!
N) When I lived in Daikanyama, Tokyo fashion was still developing.
T) In the 1990s, shops and restaurants gradually started to open.
N) Indeed. Like I mentioned there were Tom’s sandwich and Ogawaken, which I love...
T) Tom’s Sandwich closed down last year right? Did you know that there was a place called Tom’s Hotdog?
N) I didn’t know that!
T)It was on the Hachiman street, probably in the 1980s.

N) In those days, what influenced you the most?
T) Hiroshi and SKATE THING were the huge influences for sure. I grew up with skateboard and American youth culture, but they are the pioneers who created today’s street fashion.
N) What was your age at that time?
T) Around 13 to 14 years old. I wanted to hurry up and become an adult, now I’m feeling like I lived my life too recklessly (Laugh). Anyway I learned a lot and got motivation from them.
N)Hiroshi and SKATE THING are such a powerhouse.
T) Addition to them, meeting NIGO means a lot to me. I am grateful for his brand NOWEHRE to start handling our brand FORTY PERCENT AGAINST (FPAR) - the brand SKATE THING and I started together.
N) When did you first meet Shin (Shinsuke Takizawa)?
T) I met him at Hiroshi’s place when I was 15 or 16 years old.
He was called “pet Shin” because he had kept a reptile as a pet. You know Hiroshi also loves reptiles.
N) Of course! I’ve have seen Japanese giant salamander with Hiroshi before.
T) Giant salamander! Thank you for the gift you sent me.
N) Did you eat it? (Laugh)
T) Yes I did. (Laugh)
N) This conversation might sound totally crazy, but there was a konjac called “Japanese Giant Salamander Konjac” invented by a high school in Hiroshima. It was quite popular, so I sent it to you as a winter gift.
T) Is it that really popular?
N) Why not? For its creepy look (Laugh).
T) It actually looked real.
N) The north of Hiroshima is famous for Japanese gigantic salamander, that’s why I took Hiroshi to see them.
T) That makes sense. Anyway, introduced by Hiroshi, Shin looked cool, always riding on his Harley. This made me get my Harley and we soon became friends. Eventually, he invited me to start up a new brand, which is now called NEIGHBORHOOD. The start of this brand led to the beginning of the junkyard.
N) Speaking of which, I still remember the story about you and Shin taking a road trip on motorcycles.
T) Oh, the story of the night we slept out in the open!
Due to a thick fog, we had to spend the night under the eaves of a convenience store we randomly found. I was able to fall asleep right away, but Shin couldn’t. He later told me that he saw something he should not have seen (Laugh).
N) I thought the story was lovely.

N) By the way, you are expanding three brands, DESCENDANT, FPAR and WTAPS. Is it difficult to work on them all at the same time?
T) It is definitely hard, especially to divide the work
N) DESCENDANT is even increasing the number of items. How do you proceed with work?
T) There is a distinct difference in concept.
WTAPS has a long history since it started in 1996. The brand has developed its own genre, evolving inside of the genre.
N) I saw some kind of rejuvenation going on this season, especially from the young models.
T) You’re right. WTAPS pursues freedom of race, age, sex and everything about wearing things.
N) What about FPAR?
T) FPAR started in 1993 and an essential element of this brand is street fashion. It proposes destructing, constructing, and customizing what we have, while keeping the original street spirit.
N) Lastly, how about DESCENDANT?
T) DESCENDANT is based on my original experiences. Everything I have experienced in my life in Tokyo, such as my father’s preppy style, skateboarding, motorcycle, clubbing, and all the youth and counter cultures, is my inspiration.
N) I see. Does each brand have its own team?
T) Only two teams, one for WTAPS and the other for FPAR and DESCENDANT. Their work can be hectic.
N) DESCENDANT is going to open in Hiroshima this time, and do you have any plans for the future?
T) Since DESCENDANT was just started in 2014, I think the concept has been gradually shaped and will change with the times. I would say the brand is a combination of what we input in the past and what we feel at this moment – and this could be called our “real” fashion.
N) DESCENDANT Hiroshima will be the third branch. Do you see any possibility of expansion?
T) I guess so.
N) Then Hiroshima may become the pressure
T)Maybe…I will do my best, so please go easy on me.
N) I’m so grateful to work with you. Everyone in Hiroshima is looking forward to your coming back to Fukuromachi-Park. They have missed you too much since the last time you left TTM.
T) I feel honored.

N) Did you know that you and I have surprising things in common?
The press room / atelier you used to have in Harajuku was just like my store SECOND STRIKE opened in 1999.
T) I remember we had the same hemp-tile floor.
N) Right! And Zanotta’s furniture too. Who designed the place?
T) I did.
N) I loved the place so much. It felt nice and cozy.
And what’s more, we both had the same car!
T) Yeah, R-class!
N) That was crazy. The R-class model is pretty rare.
T) I agree.

N) You just mentioned about holding in-store events like selling freshly grown vegetables. What interests you about handling foods?<
T)Well I believe that what we eat is as important as what we wear. Actually, my diet has been much healthier since I started to choose my dishes just like I choose clothes.
N) When did it change?
T) When we had our press room in Harajuku, there was a kitchen. So everyone was cooking their own meals on a daily basis.
N) That sounds great. Your company GONZO seems like a whole family, and everyone respects and loves you.
T) It is not just about going to expensive restaurants. The important thing is to think more carefully about the quality - just like when we choose materials in creating clothing.
N) That’s amazing.
T) I’m still working on it though. I would like to do more collaborations with my friends of local farmers, hopefully expanding to opening restaurants someday.
N) Wow, you have been thinking that far.
T) Maybe not that far, yet starting to think about it.
N) We have been planning to produce this “special lemonade” for your future events. We will use lemons and honey that are handled at ref. I’m also excited about the collaboration goods.
T) Oops!
N) You forgot about the goods! (Laugh)
T) I will have to think about it!
N) Anyway, thank you so much for today TET!
T) Thank you too!

DESCENDANT HIROSHIMA
Grand Open Feb . 22 . 2020
TEL  082-248-6666
OPEN  11:00 - 19:00
1-21, Nakamachi, Naka-ku Hiroshima, 730-0037