2026.05.31

ref.のお中元

武蔵と菊花線香

夏になると、不思議なくらい小さな羽音が気になります。
静かな部屋を横切る蚊。食卓のまわりを漂う小蝿。
たった一匹なのに、なぜあれほど人の集中力を奪うのでしょうか。
今年は雨と暑さの影響もあってか、「蚊の当たり年」だそうです。例年以上に、あの羽音を耳にする気がします。

昔の暮らしには、そんな虫たちと付き合うための道具がいくつもありました。
蚊帳、蝿取り棒、団扇、そして線香。
季節の不便を完全に消すのではなく、うまく付き合いながら夏を過ごしていたのです。

今回ご紹介する東屋の「武蔵」も、そんな昔ながらの知恵を感じさせる道具です。

和歌山産の天然・無垢の棕櫚〈しゅろ〉を使い、金具を用いず編み上げられた虫叩きです。軽やかでしなやか、それでいて頼もしい強さがあります。
名前の由来は、飛ぶ小蝿を箸で捕らえたという宮本武蔵の逸話から。
ただ虫を追うだけなのに、この「武蔵」を手にすると妙に気持ちが引き締まります。

そっと構え、間合いを測り、一振りする。
夏の居間で、ほんの数秒だけ真剣勝負が始まります。



そして、もうひとつ。
菊花線香もあわせてご紹介したい夏の道具です。

除虫菊の香りがゆっくりと広がるあの煙には、どこか夏の記憶があります。
縁側、夕暮れ、風鈴の音。ただ虫除けというだけではなく、季節の空気そのものを整えてくれる存在です。
どこか青さを感じるやさしい香りは、人にとってはほのかなアロマのようでもあります。灯している時間は、夏のキャンドルのようなものかもしれません。



線香の煙で虫を遠ざけ、それでも近づいてきた強者には「武蔵」が待っています。
なかなか隙のない布陣です。

季節を贈るようなギフトとしてもおすすめです。

便利なものが増えた時代ですが、こうした道具には別の豊かさがあります。
少し手を動かし、少し季節を感じながら暮らすこと。
そんな夏の時間を楽しませてくれる道具たちです。

ただひとつ気をつけたいのは、「武蔵」という名前のせいで、小蝿一匹にも妙な闘志が湧いてしまうことです。
気づけばこちらまで真顔になり、一振りごとに心の中で「……勝った」と思ってしまいます。

 


 

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