修行という名の体幹トレーニング 出張「すずさんぽ」三徳山佛寺 投入堂

前回の特集が投入堂レポートビギナー篇だとしたら、今回は一歩進んだ、アドバンス篇。鈴川卓也さんに、トレーナーの視点から見た投入堂をレポートしてもらいました。鈴川さんのブログの定番コンテンツでもあった「すずさんぽ」、出張ref.バージョンでお届けします。

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2013年11月03日 11:09 山の香りはこんなに濃く、甘いのかと、山を下りる頃気がつきました。耳も目も、やたら利く。下山し、三朝温泉に浸かった後開脚でストレッチをしたのですが、今までテンションのかかっていた角度をじわーーーっと超えて両肩と顎が床につくなんて、ちょっと記憶にない。 裸足で歩くと、足裏が床に吸い付いている様な感覚。 一体これはなんなのか。

鳥取県の山奥にある秘境、三徳山三佛寺・投入堂に、よじ登ってきました。
ここに登ることは一つの夢でした。とは言え、ある人に言わせると「日本一危険な国宝」ですから、事前にかなり入念なストレッチをしましたし、この登山を意識したトレーニングも積んできました。
結論を言えば、これが冒頭の「一体これはなんのか」の答えの一つなんです。
危機に対する身体の反応。
準備するという意識や行動が、鈍った身体を汗とともに脱ぎ捨て、本来の動物としての野生の感覚や動きを取り戻させてくれるのではないかと思うのです。普通、山を登るという行為において重要視されるのは下半身なのですが、この山の場合は脚だけで登るのは危険、というかそもそも不可能なので、時に腕力を必要とします。詳しく言うなら広背筋、僧帽筋、上腕二頭筋、上腕三頭筋、大胸筋、前腕の屈筋群など、普段の登山ではそんなに登場しない上半身の筋肉にも多くの出番がある。
ただ、これによってこの山が「過酷か」というと、そうでもない。助け合えるんです。腕と脚が、お互いに助け合える。だから過酷と言うより、全身を使える分「気持ち良さ」が勝るんです。
腕と脚をタイミング良く機能させるには「体幹」の強さが必要になります。体幹というものは「使う」のではなく「使われる」のが理想的だと思いますが、まさにこの山は嫌でも体幹が使われるし、もっと言えば体幹の機能を「引き出してくれる」、そんな感じです。
そして、この山のすごい所なんですが、絶妙な所に自然の取手があったり絶妙な間隔でむき出しの根が張っています。これが膝や腰に不安を抱える人も、腕が使えればそれなりに勝負できる理由です。
誰かの助けを借りるわけではなく、自分の身体の中で元気な部位が不自由な部位を助ける。だから高齢者の方でもなんとか登る事ができるんです。元気だから登ることができるのではなく、登ることで元気になる。 降りて来た時の皆さんの顔を見ればそんな気がします。(ただ、滑落のリスクは他の山の比ではないので、それなりの準備は必要です)

三徳山は本来修行の場であったと言われますが、僕に言わせると精神的な修行よりも身体を整える「コンディショニング」の意味合いが強い。最後に投入堂というとてつもないご褒美が待っているから、精神的なストレスは全くと言っていいほど無いわけです。楽しみながら、本来の機能を引き出し、鍛え、整える。 ただ、トレーナーの視点から述べさせて頂くと、この山は「身体の準備」をすることで、より一層楽しめる気がします。どのルートを選ぶか、どこに脚を置くか、どの根っこを掴むか。この山は常に「選択」の繰り返しです。関節の可動域が小さい、または筋力が弱い。 そういう場合、山の中では多少なりとも選択肢を奪われます。自由に身体をコントロールできる人が、自然の中でより野生に近づける。もちろん柔軟性や筋力だけでなく、バランス感覚や判断力、想像力、メンタルなど、いろいろな要素が必要になります。ですから普段からしっかり鍛え、準備ている人が、よりこの山を楽しむことができるんじゃないかと、同行したクライアントの方を見ていて感じました。
これは僕の希望でもあるんですが、投入堂は「終点」なんかじゃないような気がしてならない。この山の裏側に、もしかしたらもっと大きな規模で何か人間の肉体も精神もひっくり返るような何かが潜んでいるような気がしてならない。僕にはそういう気配を投入堂の裏側に感じるんです。三徳山という山、まだまだ奥が深いぞと。
またいつか、違う季節に登りたいですね。 

前回の特集はコチラをご覧ください。

 

協力/THE NORTH FACE