No.4 guépard

中本)今回は宜しくお願いします。

柳原)お願いします。


中本)まずはブランドの成り立ちから。
guépardは柳原くん・山村くん・比嘉くんの3人のメンバーで運営されてるけど、みんなが知り合ったきっかけは?

柳原)最初から話すと、僕が独立するために「金子眼鏡」を辞めて地元の北海道・札幌に戻ってきたときに、ARCH(※1) のオーナーから地下の物件が空いてるからどう?って声をかけてもらって。

中本)僕と柳原くんが初めて会ったのもその場所だったよね。

柳原)そうでしたね。
僕はずっとフランスのヴィンテージの眼鏡やりたかったんですけど、それを仕入れるツテがなくて。
で、ネットでフランスヴィンテージのディーラー誰かいないかなって探してたら、フランスの眼鏡がズラーっと並んだ、全部英文のサイトが出てきたんですよ。で卸しをやってるのかってメールで問い合わせしたら、すぐに問合せ先から電話がかかってきて、、それが山村でした。

中本)それが出会いなんじゃ。笑

柳原)めちゃめちゃ関西弁のやつから電話がかかってきたんですよ。笑
「え?海外じゃないんですか?」って聞いたら、「いや、僕神戸なんですよ。」って。
それで連絡もらって1週間くらいで直接神戸に行って、そこでフランスのヴィンテージ眼鏡をちょっと買わせてもらって。で、二人で「やっぱりヴィンテージ眼鏡の中でもフランスのがかっこいいよね」って言ってて。

中本)ヴィンテージってところに気付くのだいぶ早かったよね。

柳原)早かったと思いますね。

中本)山村くんはさらに早かったね。

柳原)そうです、多分世界で一番早かったんじゃないですかね。
彼は二十代前半アメリカ在住の時期からフランスヴィンテージだけでなく70’sから90’sCAZAL(カザール), ALPINA(アルピナ), MIKLI(ミクリ), PERSOL(ペルソール), RAYBAN(レイバン)などのアイウェアブランドや、TART(タート), AO(アメリカンオプティカル),SHURON(シュロン)などのアメリカヴィンテージも収集していたようです。
それまではアメリカのヴィンテージ眼鏡がすごくブームで。アメリカのヴィンテージって車と一緒で、ぱっと見はやっぱり格好いいんですよ、デカいとか、ゴツいとか。
なんですけど、フランスのヴィンテージの眼鏡ってちょっとしたディテールが凝ってたりとか、ぱっと見は分からないんだけど、掘り下げていくとこんな作りしてたんだ、とか。なんかそういったところで二人で盛り上がってたんですよ。
それでフランスのヴィンテージを山村は神戸で、僕は札幌で扱うようになって。
そこから3年くらいした2015年ですかね。ヴィンテージって古着もそうなんですけど、必ず枯渇するじゃないですか。
なのでやっぱり何かブランドを立ち上げていかないとっていう思いもあって。

中本)そこに比嘉くんはまだ入ってないの?

柳原)まだ入ってないです。
ちょうど比嘉が自分でオーダーメイドの眼鏡を売るっていうお店を立ち上げたばっかりで、こっちにジョイントしない考えだったんです。なので最初は僕と山村の二人でやってました。
比嘉は元々販売ではあるんですけど、そんなお店をやってるので職人側の人間でもあって。そんな比嘉のツテでいろんな眼鏡工場とか職人さんとか紹介してもらいました。
それで一発目を作ったんですけど、やっぱり全然納得のいくものはできなくて。それだったら比嘉に作って貰えばいいんじゃないかと。で、僕と山村が出したサンプルをそのまま作ってもらいました。
それくらいからguépardも少しずつ売れてきて。そしたら今度は外注先だった比嘉がもう手一杯になっちゃって、これ以上作れないと。そこでようやく比嘉が、そんな本腰入れてやるんだったら自分も一緒にやりたい、と言ってくれて。

中本)そこで加わったんだ。

柳原)そうですね、それまでは比嘉はあくまで外注先でしかなかったんですけど、それだったらもう三人で会社としてやろうと。それが2017年だったと思います。
ある程度売れる数量とか、そういうのを見越して魅力的に映ったのか、僕と山村がわちゃわちゃしてる感じが良かったのかはわかんないですけど。笑
2015年にスタートして、リリースしたのが2016年、で2017年に比嘉が入って今の状態になりました。
だから、僕と山村の出会いがなかったら多分なかったですね。

中本)そうだね。

柳原)だからちょっと不思議な縁というか、タイミングというか。

※1) ARCH…国内外のブランドとヨーロッパヴィンテージを扱う老舗セレクトショップ。札幌と東京に店を構える。


中本)ところで柳原くんのルーツってなんなの?
ちなみに僕は「クリームソーダ(※2)」 なんだけど。。わかる?

柳原)クリソーですね。

中本)そう、略してクリソー
なんか最近自分のルーツはなにかなと考えてたら、中学校の時のエピソードを思い出してさ。
その頃、クリームソーダの長財布にチェーンつけて、胸ポケットにはコームを差して学校行ってたら「めっちゃかっこいいじゃん、それ!」って言われるようになって。
「じゃあオレ通販まとめてしてやるわ」って、学校にカタログ持っていってオーダー取ってお金集めて現金書留で送って。それでクリームソーダのショップから商品届いたときに箱を開けると、中に非売品のプレゼントが入ってるわけ。それが嬉しくてね、そりゃみんなに営業するよね、笑
それが僕の販売のルーツ、いわば『エンドユーザー側とメーカー側の両方に喜んでもらおう』っていう想いの根幹だと思うんよね。
そんなところで柳原くんのルーツってなんだったのかなって思って。

柳原)僕は、両親がもともとVAN(ヴァン)とかJUN(ジュン)とか着てて。
VANはアメリカっぽくて、JUNはヨーロッパな感じでしたよね。両親がそういうコートとかをよく着ていて。

中本)めっちゃ優等生じゃん。

柳原)フランスで買ったCourreges(クレージュ)のニットがあったりとか。それでちょっと上品で洗練されてるヨーロッパのものが好きになりましたね。
僕、生まれが北海道芦別市ってとこなんですけど、富良野の左隣辺りですね。昔は炭鉱があったので裕福でそういう人たち相手の洋服屋さんもあったらしいんですよ。

中本)そうゆうお店って絶対VAN入ってたもんね。

柳原)そうなんですよ。そういうのが両親とも好きで買ってて。
思春期の中学3年生くらいの時に炭鉱も閉鎖しちゃって、買うところがなくなって。それで朝一のバスに乗って札幌に買い物に出てました。そこで両親の影響じゃないですけどアダムエロペで洋服を買うようになったってゆう感じですね。

※2) クリームソーダ… 原宿文化を創り上げたと云われるロカビリーファッションブランド。当時も広島に販売店舗は無く、東京のショップへの通販のみで購入が出来た。

(ここで山村氏・比嘉氏も加わる)

中本)山村くんのルーツは?

山村)僕BOON世代だったので、KNOCKOUTとか行ってましたね。JUNKSHOPとかも行ってましたし。(※3)

中本)神戸は言わば“古着のメッカ”だもんね。

山村)元々はそうですね、強かったですね。
そっからはVIA BUS STOPにいったんですよ。

中本)モードに入ったんだね。
山村くんはずっと眼鏡屋さんなの?

山村)最初はアメリカのアパレルで働いてました。でメガネはずっと好きで、ずっと見てたんですよ。

中本)アメリカのどこにいたの?

山村)最初テキサス、次ニューヨークですね。

中本)アパレルはセレクトショップ?

山村)委託販売のお店でした。
色々あって、すごい古いハイブランドものだったり、最新のモデルもあったりとすごい面白くて。
アメリカ時代は古いものからデザイナーものまで買ってましたね。

中本)そのあと戻ってきて眼鏡?

山村)むこうで個人で収集と販売をやってたんですよ。その頃はフランスヴィンテージだけじゃなくて、30年代から90年代までの様々なヴィンテージを収集していました。あとは仲良い友達に頼まれて買ったりとか。

中本)へぇ、面白いね。やっぱり色々やってきてるんだね。

中本)比嘉くんのルーツはどうなの?

比嘉)どうだったですかね。。服とか何着てたんでしょうか。。

中本)なにかは着てたでしょ。なにか着てないとこんなに個性的にはならないでしょ。

一同大笑

中本)中学でそういうのに目覚めて買いだしたとか。

比嘉)そうですね、Barbour(バブアー)とか買ってましたね。。

中本)高校生は?

比嘉)高校生は古着買ってました。

山村)バンドやってましたもんね。

比嘉)そうですね、、ベルボトムとか履いてましたね。

中本)バンドはなんのコピーやってたの?

比嘉)高校生のとき初めてやったのはTHEE MICHELLE GUN ELEPHANT(ミッシェル•ガン•エレファント)
あの感じが好きで、細身のジーンズとか履いてましたね、、懐かしい。。。
めっちゃ恥ずかしい写真いっぱいありますよ。笑

中本)そりゃみんなでしょ。笑

比嘉)黒歴史。笑

中本)ルーツって面白いね。

柳原)結局それが根っこの部分ってことですよね。

中本)何が好きだったかっていうのがね。

柳原)まぁ良い言葉で言うと多様性というか、そういうことですよね。

比嘉)そういう歴史を内包してるってことですね。

中本)比嘉くんはなんで職人になったの?

比嘉)いや、ただ憧れてましたね。
元々は販売員だったんですよ、バイイングしたり。そのまま独立して、大阪と三宮の2店舗で眼鏡屋をやってまして。

中本)やり手じゃん。

比嘉)実はそっちが始まりなんですよね。
その間に2人と話をする機会が結構多くて。憧れるんですよね、なんか作れる人かっこいいし。それで、自分で作って売るっていうオーダーメイドの眼鏡をやりたいと。
周りは「そんなん素人が出来るわけないやん」って言ってましたけど、「そんなん出来たらかっこええやん」って。そんな些細なところから始まりましたね。

中本)職人がメンバーにいるのは強いよね。

柳原)三人でジョイントしてからが本格的なスタートになりました。今でももちろん十分大変なんですけど、ようやくブランドっぽくなってきたのかなと。

中本)すごい売れてるよね。ref.で扱ってるから肌で感じてるんだけど、お客様の方から目指してきてくれる。
あと他のサングラスメーカーってやっぱりどっちかっていうとちょっとアメリカ寄りに僕は見えてて。でもギュパールは一人違う方を向いているっていうのが、一人勝ちなとこがあるよなと思ってる。で、こうなってくると似たやつが出てくるよね。

柳原)出てきてますね。
いろんなブランドさん見ても明らかにこれ僕らのやってきてるのをサンプリングしてるよなとか。あとフレームのデザインも含めて、これ完全に意識してるなっていうのが感じれますね。

中本)それについてはどう思う?

柳原)いや、全然いいことだと思ってますね。
僕らはアーカイブ本としてFrame France (※4)という書籍をguépard発足より前に作ったりしてて、その書籍は全部分解してネジ1本まで原寸大で載せているんです。
分かりやすく言うと、それを買った人がサンプリングしてもいいし、コピーも作れちゃう。だからそういうのが世にどんどん出てって、認知されるっていうのは決してネガティブなことではないかなと。

中本)まあ元々がサンプリングだもんね。

柳原)そうですね。
ただ僕らは分解、採寸、撮影まで全てこなしたので、より深くフレンチヴィンテージの細かいディテールや魅力に気付けましたね。

中本)僕もそういうのすごくいいなと思っていて、やっぱりパイオニアでいれば良いっていつも思ってる。
コピーというか似たようなことをやる人って、結局それが簡単でよく売れるから近いところにあるのをサンプリングしてやっていくじゃない。でもそこに魂が入ってないからすぐ売れなくなるし、売れなくなるとすぐやめちゃう。
そういうところで魂の無いコピーを買っていた人は、guépardがオリジネーターだったんだって結局こっちにやって来る。
でも全体のパイがすごく大きくなるから一概にダメってことはないんだけどね。そういうブランドがいっぱい出ることがguépardにとってもすごくいいことだと思う。

柳原)僕らもそうやってポジティブな方に捉えてます。
最近ようやくいろんなブランドでフランスのヴィンテージのエッセンスをちょっと抽出したようなデザインだとか、そういうのを見かけると、ようやくちょっと認められてきたのかなと。 

※3) KNOCKOUT / JUNKSHOP…神戸トアウエストの古着カルチャーを代表する老舗ショップ
※4) Frame France…世界で初めてフレームフランスを掲載したヴィンテージアーカイブブック。( https://guepard.jp/products/frame-france )

中本)そんなguépardの眼鏡の特徴ってどんなところか聞いておこうかな?

柳原)フランスのヴィンテージならではですけど、エッジの立ったディテールだとか、ぱっと見ではわかりにくいところが僕ららしい。角張っていたり、曲線があったり。
当時のオリジナルのディテールを詰め込んでます。そこは再現が非常に難しいところでもあるんですけど。
分かりにくさと分かり易さ、そこが僕ららしいところですね。

中本)フランスヴィンテージのブームって物を創るクリエイターからきたよね 。

柳原)コルビジェとかの影響ですよね。

中本)そうそう。
僕の周りのクリエイターがフランスヴィンテージの眼鏡をかけ始めたな、と思ってたらguépardが現れた。
なんかフランスの家具とかと精通するところがあるよね。物作りの人が好む、欲しくなる眼鏡。

柳原)ぱっと見のわかりにくさとかもあるかもしれないですね。どれも僕らにとっては思い入れがありますね。

中本)去年(2021)10月にここ神戸でオンリーショップ1号店ができたけど、神戸スタートっていうのはやっぱり山村さんのお膝元っていうか、やりやすい感じがあったから?

柳原)そうですね、guépardはプロダクト的にも優れていると思ってますが、ブランドの核となるところは本当のヴィンテージを知っているかというところだと思っています。ちょうど良いタイミングで山村と比嘉のお店があるビルに空きの物件ができて、その核となる世界観や生産の背景を見せることが、よりブランドの強みになると思い、ここに1号店を構えることにしました。

中本)場所で言ったら神戸の中では街中からちょっと外れたところだよね。

柳原)この辺はお店もないですしね。

中本)じゃあもうお客様は完璧にここを目的で来られるって感じだよね。

柳原)そうですね。
もしかしたらここが三宮の中心部とかだったら、よりセールスがいいのかもしれないですけど。僕らとしてはやっぱり、僕らの考えてることとか頭の中というか、そういうのを体感してもらうにはここしかないと思いました。

中本)今後はオンリーショップの展開が中心かな。

柳原)まだ公表は出来ないですけど、良い意味で期待を裏切るような構想も進んでいます。
売れ方の中身というか、クオリティーというか、ただ売れればいいんじゃなくて、売れ方のクオリティーをどう高めていくことができるか。やっぱり僕ららしいところはブレずに。買う人が僕らの世界観とかをもっと感じれるようなクオリティの高い売れ方、売り方をしていきたいなっていうのはありますね。
広島もチャンスがあれば。笑

中本)広島でやらせてもらおうかな。笑
箕本さん(帯同ref.スタッフ)チャンスじゃん。彼は元々神戸の眼鏡屋で働いてたんだけど、今回「一緒に神戸取材行かしてくださいっ!」って志願してきて。先日、面談で「目標ないの?」って聞いたら「眼鏡とコーヒーのお店やりたいです」って。「じゃ〜それ目標にしんさい」ってなったのよ。笑

柳原)箕本さんチャンスですね。

中本)なにニヤっとしよん。笑

一同大笑

中本)では今日はありがとうございました。

柳原・山村・比嘉)ありがとうございました。


-about-
guépard
2016年 ブランドスタート
2021年10月 ブランド創設初の直営店となるブティックを、神戸北野SPEAKEASY隣にオープン。
https://guepard.jp
https://www.instagram.com/guepard_jp/


ref. / Web Store  商品一覧

 

Kengo Nakamoto / referred to as N) Thank you for coming today.
Kazuki Yanagihara / referred to as YH) Thank you for having me.
N) Let’s start with how the brand got started. Guépard is operated by you (Yanagihara), Yamamura, and Higa. How did the three of you get to know each other?
YH) It all started when I quit ‘Kaneko Glasses’ to start my own business and moved back to my hometown of Sapporo, Hokkaido. The owner of ARCH (※1) told me there was a space available underground, and asked if I was interested in it.
N) That was where we first met, wasn’t it?
YH) Yes, it was. I’ve always wanted to deal in vintage French glasses, but I didn’t have any contacts to get ahold of any. When I was searching the internet for vintage French glasses dealers, I found a site that was all in English, lined up with vintage French glasses. So, I contacted them asking if they sold wholesale, and I immediately got a call back from them. The person on the other end was Yamamura.
N) That’s how [you two] met (laughs).
YH) The call I got was from a guy with a real thick Kansai (West Japanese) accent (laughs). I was like ‘What? You’re not abroad?’ He said ‘no, I’m in Kobe’. A week after I got that call, I personally went to Kobe, and I bought some vintage French glasses there. Then, the two of us got talking like ‘with all the vintage glasses out there, how cool are French glasses?’.
N) You were really early in taking notice of vintage [glasses].
YH) I think so too.
N) Yamamura was even quicker.
YH) Definitely. He might have even been the earliest in the world. Since he was in his early 20s living in America, he’s been collecting not just vintage French glasses, but also American eyewear brands, anywhere between the '70s to the ‘90s, like CAZAL, ALPINA, MIKLI, PERSOL, RAYBAN, and even vintage brands like TART, AO (American Optical), and SHURON. Up until then, vintage American glasses were really popular, and just like [American] cars, vintage American glasses were either big or chunky. From first glance, they just looked really cool, but vintage French glasses tend to come together in their detail. Maybe you can’t tell just by taking a quick glance at them, but when you delve into a pair, you think ‘wow, this is how these are made?’. The two of us were getting excited about things like that.
Then, Yamamura in Kobe and now me in Sapporo began dealing vintage French glasses. But about three years later in 2015, and it goes the same with vintage clothes too, but it’s certain that [anything vintage] will go dry one day, [and that’s what happened]. So then we started thinking we’d probably have to start some kind of a brand.
N) And Higa still isn’t in the picture?
YH) Not yet. At the time, Higa had just opened a made to order glasses store and wasn’t planning on joining us. So in the beginning it was just the two of us, Yamamura and I.
Higa was originally in sales, but because he opened a store like the one he did, he was also a craftsman. Because of his position, he had access to factories and other craftspeople, which he was kind enough to introduce us to.
So then we tried making our first pair of glasses, but we weren’t able to make anything that we were satisfied with, and started to think we might be better off having Higa make glasses for us. We had him make a pair of glasses from one of our samples.
From around that time, we managed to start selling guépard glasses little by little. But then Higa, who was our contracted craftsman, became too overwhelmed with our orders, and told us he couldn’t make anymore [any faster]. Eventually, Higa told us that since we seemed to be taking things really seriously, that he wanted to join us too.
N) That’s when he joined [guépard].
YH) Yes. Until then, Higa was really only our contracted craftsman, but after he came to us we figured we might as well start a company with the three of us. I believe that was around 2017, but I’m not sure if it was Yamamura and I getting all worked up or if it was his estimate of the amount of glasses we could sell that really appealed to him (laughs).
We started in 2015, and we released our first pair in 2016. In 2017, Higa joined us and we became what we are today. So, if Yamamura and I hadn’t met, [guépard] probably wouldn’t have come into existence.
N) Sounds like it.
YH) It’s strange, maybe like fate in a sense. Or maybe timing is the right word.

※1 ARCH… A long established retail store carrying European vintage items and both foreign and domestic brands. Stores in Tokyo and Sapporo. 


N) By the way, Mr.Yanagihara, what would you say your roots were? For me, it was ‘Cream Soda’(※2). Have you heard of it?
YH) Right, ‘Cre-So’.
N) Exactly, ‘Cre-So’ when shortened. I was thinking about what my roots were lately, and I remembered an episode out of my middle school days. At the time, I used to put a chain on my Cream Soda long wallet, and went to school with a comb in my chest pocket. I had kids telling me ‘wow, that’s so cool!’, and so I thought, ‘I should place mail orders for everyone’. So then I brought a catalogue to school, took orders, collected everyone’s money, and sent it away in a registered envelope. Then, when I opened the box from the Cream Soda shop, there was a present in there that wasn’t for sale. That made me really happy, and of course made me want to sell to everyone (laughs).
That was my beginning in sales. As it were, I think it was the foundation of my want to make both end-users and makers happy. So I was curious to know what your roots were.
YH) For me, my parents used to wear a lot of Van, and Jun. Van had an American feel to it, and Jun had a kind of European feel. My parents used to often wear those kind of coats.
N) You’re a star student.
YH) They also had knitwear by Courreges that they bought in France, and got me starting to like sophisticated, and refined things from Europe. For me, I was born in Ashibetsu City in Hokkaido, sort of to the left of Furano. There used to be a coal mine there and so it was quite wealthy, and apparently there used to be clothing stores there targeted towards people with a bit of wealth.
N) Stores like that always carried VAN, didn’t they?
YH) Yes, and both my parents liked things like that and would buy them. But when I was in my adolescence, around third grade in middle school, the coal mine closed down, and places to buy clothes like that went disappeared. So then I used to get on the first bus to Sapporo to go buy [clothes]. There, and this isn’t because of my parents, but I ended up buying clothes by ADAM ET ROPÉ.

(Here, Yamamura (YM) and Higa (H) join the conversation)

N) Mr.Yamamura, what would you say your roots were?
YM) My generation was the BOON generation, so I used to often go to KNOCKOUT. I went to JUNKSHOP(※3)
N) Kobe is a Mecca for vintage clothing after all.
YM) Originally, yes. It’s really strong [in that area].
From there, I went over to VIA BUS STOP.
N) You switched over to mode. Were you always working in glasses stores?
YM) At first I was working in apparel in America. But I’ve always liked glasses, and I was always looking at them.
N) Where in America were you?
YM) First Texas, and then New York.
N) Were you working in a boutique?
YM) It was a consignment store. There was a lot going on there, they had everything from really old, high-fashion brands to brand new items, it was really interesting. I was buying anything from vintage items to designer brands when I was in America.
N) And when you came back, glasses?
YM) Over there, I was collecting and selling by myself. During that time, I wasn’t just collecting vintage French, but all kinds of vintage [glasses], anywhere between the '30s to '90s. I’d also go and buy glasses my friends would ask me for.
N) Really? How interesting. You’ve done all kinds of things.
How about you Mr.Higa, how about your roots?
H) I wonder [what mine were]… What was I wearing back then?
N) I’m sure you were wearing something. If you weren’t wearing something [interesting], I’m sure you wouldn’t have developed such a personality.

Everyone laughs

N) Like realizing you [liked something] in middle school, and then buying it?
H) Right, I used to like to buy Barbour…
N) What about high school?
H) I was buying vintage clothes in high school.
YM) You were in a band after all.
H) Right… I used to wear bell bottoms.
N) What kind of bands were you covering?
H) The first cover we did in high school was by THEE MICHELLE GUN ELEPHANT. I liked their style, and I used to wear skinny jeans [because of them]… I’m getting nostalgic (laughs).
I have a lot of embarrassing pictures (laughs).
N) That goes for everyone (laughs).
H) Dark times (laughs)
N) [Peoples’] roots are interesting.
YH) Ultimately, that becomes [our] foundation, doesn’t it?
N) What we used to like.
YH) It's diversity, if we’re putting it in good terms, isn’t it?
H) We’re all holding onto our past somewhere on the inside.
N) Higa, why did you become a craftsman?
H) Well, I really just admired them. Originally I was in sales, I used to do buying. Then, I went independent and had two glasses stores, one in Osaka and one in Sangu.
N) Look at you (laughs).
H) Actually, that was the start of it. During that time, I had a lot of opportunities to speak with the two, and I just really admired [craftspeople]. People who can make things [to me] are cool. Then, I decided I wanted to make made to order glasses by myself and sell them. The people around me were saying things like ‘there’s no way someone without experience could do that’, but I thought to myself ‘it’d be so cool if I could’. It all started from a rather trivial place.
N) It’s a real strength having a craftsman as a member.
YH) We properly started [guépard] when the three of us joined forces. Of course it’s still a lot of work, but we’ve finally become somewhat like a proper brand.
N) You’re making a lot of sales aren’t you? I can get a direct feel because we carry [guépard] at ref. We often get customers who come to the store for your brand. Also, a lot of other sunglass makers are usually more on the American side, but guépard is looking in a different direction, I think it’s its own winner. But [once you get like that], other brands start popping up to imitate.
YH) There’s already some coming up. Even when looking at all kinds of brands, there are definitely some that are sampling [our glasses]. Also, with frame design included, there are definitely some out there that are very conscious of us.
N) What do you think about that?
YH) I think it’s a good thing. We actually have an archive book out called Frame France (※4) that we started making even before we started guépard, and that book has everything deconstructed, completely to scale down to the screw. Simply put, anyone who buys that book can use it for sampling, and can even make copies. I don’t think [sampled or copied glasses] being made and put out into the world, and gaining recognition in the process is a negative thing.
N) I guess it’s all sampling from the start.
YH) Right. But for us, we’ve done everything from deconstruction, measuring, and photographing vintage French [glasses] which have allowed us to become aware of the very small details in vintage French [glasses] and what makes them beautiful.
N) I think that’s really great too. I always think that as long as you’re a ‘pioneer’, you’re doing alright. People who make similar things or copies only really do that because it’s easy and it sells, so they go and sample what’s closest to them. But there’s no soul there, so their sales immediately drop, and when sales drop, they’re quick to quit. Then, the people who bought these copies without soul, they come to realize that guépard were the originators, and eventually come and buy a pair.
But the ‘pie’ so to speak does become much bigger, so it’s not like it’s always bad. A lot of brands like that coming up, I think, is actually really good news for guépard.  
Y) We’re looking at it in a positive way as well. We’re finally seeing brands making designs that have managed to extract a little bit of that essence of vintage French [glasses], and when we see that, we feel like we’re finally becoming a little recognized.

※2 Cream Soda… A rockabilly fashion brand said to have built Harajuku culture. Since there were no retail stores in Hiroshima, the only way items could be purchased were through mail orders to their Tokyo store.
※3 KNOCKOUT / JUNKSHOP… A long-established clothing store in Tor West that is representative of Kobe’s vintage clothing culture.
※4 Frame France… Archive book, first publication in the world [dedicated to] Frame France.  https://guepard.jp/products/frame-france


N) Maybe I should now ask what some of the characteristics are of guépard’s glasses?
YH) It’s unique to vintage French [glasses], but things like rigid edges in the detail. They're hard to notice at a glance, and I think things like that are very ‘us’. Some parts are angular, other parts curved, we put in a lot of details from originals of the time, which are really difficult to reproduce. Some aspects are easy to notice, other parts difficult, I think that’s what makes us unique.
N) French vintage became popular through creatives who physically made things, didn’t it.
YH) Because of people like Le Corbusier.
YH) Right, exactly. Just when I noticed the creatives around me starting to wear vintage French glasses, then guépard appeared. There’s somewhat of a familiarity with French furniture and other things like that isn’t there? They’re glasses that people who make things like, glasses they want.
YH) It could be to do with [our glasses] being a bit perplexing at first glance too. Every [pair of glasses] we make, we put a lot of thought into them.
N) Last October (2021) was the opening of your first and only shop [so far], did you decide to start in Kobe because Mr.Yamamura lives here? Did you feel it’d be somewhat easier that way?
YH) Yes, I think guépard is really excellent in terms of our product, but at its core as a brand, I think it’s all about being knowledgable about real vintage [glasses]. It was good timing, there was a space that became available in the building that Yamamura and Higa’s store was in, and it felt like [the location] would allow us to show the backdrop of the brand’s world view and production, which is so important to its core. I thought that was a real strength, so we decided to have our first store here.
N) In terms of [the store’s] location, it’s a little removed from the center, isn’t it?
YH) There’s not really any stores around here.
N) So customers come here solely to visit your store, right?
YH) Yes. If we were in the center of Sangu, we’d probably have more sales, but for us, we want people to experience what we’re thinking about, what’s inside our heads so to speak. For people to experience that, I thought here’s really the only place.
N) Is your next step to develop with your first store at the center?
YH) We can't make any announcements yet, but we’re working on some plans that’ll probably go against expectations in a good way. [We’re thinking about] the core of how [our products] are being sold, the quality of it, in a sense. We don’t want to just sell things, but to also work on improving the quality of how we sell things. Without deviating from what makes us, us, we want be able to sell to customers in a way that they are able to experience the kind of world view around [our brand]. A higher quality way of how [our products are] sold, and how we are selling [to customers]. If we have the opportunity, in Hiroshima too (laughs).
N) Maybe I’ll have you all come to Hiroshima (laughs). Mr. Minomoto (Accompanying ref. staff), it’s your chance.
He originally worked in a glasses shop in Kobe, and this time he came up to me and said ‘Let me go on location to Kobe with you!’. When I was talking to him the other day, I asked him, ‘do you have any goals or anything?’ and he said ‘I want to start a store for glasses and coffee.’ and I told him ‘ok, make that your goal then’ (laughs).
YH) Mr.Minomoto, it’s your chance.
N) What are you grinning at? (laughs).

(Everyone laughs).

N) Well, thank you very much for today.
YH, YM, H) Thank you very much. 


-about-  
guépard
2016 start of brand
October, 2021 Opening of the brand’s first boutique since its founding, next to SPEAKEASY in Kobe Kitano.
https://guepard.jp
https://www.instagram.com/guepard_jp/

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